2007年 06月 04日
私は何かを表現する事が大好きだ。
特に文章を書くことを。
だが最近になって、写真家などを目指している人たちと知り合う機会が幾度かあった。
皆、個性的だ。
写真はその時々の私達の生き様(ワンシーン)を確実に描写する。
嬉しかったこと
楽しかったこと
美しい思い出
親愛なる人たちの写真 など。。。。。。
皆、美しいシーンばかりだ。
しかし、あえて私たちは暗くて悲しいシーンを記憶しておこうと思う人間は誰もいない。
なぜならば、悲しい出来事は誰しも覚えていたくないからだ。
だが、私たちが生きて行くうえにおいて、何時も光の当たった場所にだけ身を
置いていたとしたら、一体どうなってしまうのだろう?
きっと、全てに関してドライになっていってしまうに違いない。
アイディアの枯渇
アイデンティティの欠如
オリジナリティの無さ
一生物として生きて行くという、意欲に欠けていってしまうのではないだろうか?
光の中にばかりいる人間は、闇を見ることは無い。
何故なら、そこには光輝くものが何も無いからだ。
しかし、闇の中で生きて行くことが出来る人間は光の当たる場所を確実に知ることが出来る。
私は時折、沈んでいるときの自分の姿を人に写してもらうことがある。
なぜならば、本当に自分が嬉しいときの顔も知ることが出来るようになるからだ。
私たちが、生きて行く上において良い事も悪い事も知っていなければならない。
そうすることによって、人一倍、感動の多い人生を歩む事が出来るようになるからだ。
だから、写真を写すときも心の眼で描写しなければならない。

Photograph By Aki Kurihara
特に文章を書くことを。
だが最近になって、写真家などを目指している人たちと知り合う機会が幾度かあった。
皆、個性的だ。
写真はその時々の私達の生き様(ワンシーン)を確実に描写する。
嬉しかったこと
楽しかったこと
美しい思い出
親愛なる人たちの写真 など。。。。。。
皆、美しいシーンばかりだ。
しかし、あえて私たちは暗くて悲しいシーンを記憶しておこうと思う人間は誰もいない。
なぜならば、悲しい出来事は誰しも覚えていたくないからだ。
だが、私たちが生きて行くうえにおいて、何時も光の当たった場所にだけ身を
置いていたとしたら、一体どうなってしまうのだろう?
きっと、全てに関してドライになっていってしまうに違いない。
アイディアの枯渇
アイデンティティの欠如
オリジナリティの無さ
一生物として生きて行くという、意欲に欠けていってしまうのではないだろうか?
光の中にばかりいる人間は、闇を見ることは無い。
何故なら、そこには光輝くものが何も無いからだ。
しかし、闇の中で生きて行くことが出来る人間は光の当たる場所を確実に知ることが出来る。
私は時折、沈んでいるときの自分の姿を人に写してもらうことがある。
なぜならば、本当に自分が嬉しいときの顔も知ることが出来るようになるからだ。
私たちが、生きて行く上において良い事も悪い事も知っていなければならない。
そうすることによって、人一倍、感動の多い人生を歩む事が出来るようになるからだ。
だから、写真を写すときも心の眼で描写しなければならない。

Photograph By Aki Kurihara



